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松山地方裁判所今治支部 昭和36年(ワ)140号 判決 1964年4月30日

原告 西本潮三郎

右訴訟代理人弁護士 梶田茂

被告 三栄船舶株式会社

右代表者代表取締役 佐藤寛治

右訴訟代理人弁護士 中場嘉久二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

被告は原告に対し金二百五十万円、及びこれに対する昭和三十六年十月一日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決、並びに仮執行の宣言を求め、

請求原因として次の通り述べた。

一、被告は、分離前相被告瀬戸内造船株式会社に対し左記約束手形一通を振出した。

額面 金二百五十万円

満期 昭和三十六年九月三十日

支払地、振出地、尾道市

支払場所 西日本相互銀行尾道支店

振出日 昭和三十六年四月二十七日

二、約束手形一通は、受取人瀬戸内造船株式会社から、訴外河上豊に裏書譲渡され、河上豊から、訴外株式会社愛媛相互銀行に裏書譲渡され、更に、同銀行から(昭和三十六年七月二十六日)原告に裏書譲渡され、原告は訴外株式会社近畿相互銀行に隠れたる取立委任の裏書譲渡をなし、同銀行は、株式会社大和銀行に取立委任裏書を為し、株式会社大和銀行は、株式会社中国銀行に取立委任裏書を為し、満期に支払場所に右手形を呈示したが、支払を得られず、原告は右手形の返還を受けて現に所持人である。

三、尚株式会社愛媛相互銀行(以下愛媛相互銀行という)の裏書は抹消となつているが、原告は、左記関係により、右銀行より本件手形を譲り受け、実質的権利を有するものであるから、裏書の断絶は架橋され、裏書そのものは連続したと同じ効果を生ずるものである。即ち

原告は、河上海運こと河上豊が瀬戸内造船株式会社(以下瀬戸内造船という)へ発注し、大体完成せる第八朝日丸(後改名して第十八宝山丸)を、昭和三十六年四月二十三日河上豊了解の下に、瀬戸内造船から金三、九五〇万円にて買受け、河上豊が、右船舶に一番抵当権を設定して借用せる中小企業金融公庫の金九〇〇万円、二番抵当権を設定して借用せる愛媛相互銀行の金四五〇万円を支払つたが、本件手形は、愛媛相互銀行の抵当権付債権金四五〇万円に含まれるから抵当権の抹消をするには本件手形金の支払を得ざれば抵当権を抹消しないとのことで、原告は本件手形金をふくめ右の通り金四五〇万円を愛媛相互銀行に支払い、原告は河上豊了解の下に本件手形を愛媛相互銀行より譲渡を受けたのである。(尚原告は、瀬戸内造船に現金二、五〇〇万円を支払い、更に瀬戸内造船の債務金五、二九一、四〇〇円を立替払して、原告は瀬戸内造船に対し、右買受代金を越える金四、二九一、四〇〇円の過払となつている)。

四、仮に本件手形が愛媛相互銀行より原告に譲渡されたのではないとしても、河上豊より譲り受けたものである。

原告は、愛媛相互銀行に対する河上豊の債務を支払つたものであり、原告によつて銀行は弁済を受けたのであるから、本件手形を原告が所持している事実により原告が本件手形の権利を譲り受け、権利者であることは明白である。

尚被告の抗弁は、すべて否認する、西本宝一は原告の通名であると述べた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁などとして次の通り述べた。

一、請求原因 一の事実は認める。

請求原因 二の事実の内、本件手形が、

愛媛相互銀行から原告に裏書譲渡されたとの点は否認しその余は不知。

請求原因 三の事実の内、愛媛相互銀行の裏書が抹消になつているとの点を除きその余はすべて否認する。

請求原因 四の事実は否認する。

二、(1)、本件手形裏書欄に記載の西本宝一は、原告と同一人ではない。原告は、本件手形上全くの表示なく、且つ全く権利関係なき者である。

(2)、本件手形は、第三裏書欄(愛媛相互銀行の裏書部分)は抹消されて居り、原告は、裏書の連続を欠く本件手形によつて権利を行使するを得ない。

(3)、仮に裏書の断絶の架橋があつたとしても、右架橋は、民事的債権譲渡であるから、民法第四六七条の債権譲渡の通知を要するところ、被告は譲渡人である愛媛相互銀行から何らの債権譲渡通知を受けていないから、本件手形請求を拒み得る。

(4)、(悪意取得の抗弁)

(イ)、被告は昭和三十六年三月六日瀬戸内造船株式会社に対し総屯数約四四〇屯鋼製油槽船一隻を代金三、九七〇万円で建造注文し、同日、瀬戸内造船に現金三〇〇万円を、同年四月二十七日、現金二五〇万円と本件手形一通を、前渡金として交付した。

しかるに瀬戸内造船は、同年四月二十三日見せかけの起工式を行つたのみで、右、受注船舶の建造をなさず、而も当初から既に全く造船能力契約履行の意思と能力はなかつたものであるが、造船をなす意思、能力あるごとく被告を欺罔して本件手形の交付を受け、爾後、所謂自転車操業を以て破綻を隠蔽していたが、昭和三十六年七月二十日遂に取引手形の不渡処分を出し事業破綻、被告との右契約履行不能の状況が被告の知るところとなつたのである。

(ロ)、被告は、瀬戸内造船の右詐欺、及び建造契約履行不能の状態を知つて、瀬戸内造船に対し、昭和三十六年七月二十日頃、建造契約の解除を申込み且つ本件手形の返還を要求していたものである。

(ハ)、原告は、右の事実を知りつつ(河上豊も同様)、本件手形を取得した悪意の取得者であるから、本件手形上の請求をなし得ない。

(立証)≪省略≫

理由

一、被告が、瀬戸内造船に対し、原告主張の記載(請求原因一、)ある本件約束手形一通を振出したことは当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫によれば、本件手形につき、受取人瀬戸内造船から河上豊に裏書譲渡がなされ、河上豊から更に愛媛相互銀行に割引のため裏書譲渡された事実を認め得る。

右認定に反する証人河上豊の証言は、右証拠に比照し俄に措信しがたい。

尚≪証拠省略≫により原告が西本宝一の通名を有することが認められる。

他に以上認定を覆すに足る証拠はない。

三、(愛媛相互銀行から原告への本件手形上の権利承継移転の存否)

(1)、甲第一号証(本件手形)の裏書欄中、愛媛相互銀行の裏書部分は、抹消されて居り、他に同銀行の原告に対する裏書譲渡の記載はない。

(2)、本件全証拠を精査するも、同銀行が、本件手形上の権利を、原告に裏書譲渡し、或は裏書によらざる他の方法により譲渡した事実を認めるに足る証拠がない。

(3)、却つて、≪証拠省略≫によれば、原告が代表者たる山洋汽船株式会社は瀬戸内造船から船舶一隻(第一八宝山丸)を購入し、その残代金一、三〇〇万円を、愛媛相互銀行に払込んで支払う約定のところ、原告は、右代金支払を果し、且つ右船舶の負担する抵当権抹消のため、河上豊が右船舶に抵当権を設定して愛媛相互銀行に対して負担している債務(本件手形債務をふくむ)及び、同銀行を介し中小企業金融公庫に対して負担している債務(これらは、いずれも瀬戸内造船が、自己に金融を得る方便として、河上豊の大凡の了解の上、同人が愛媛相互銀行等にもつ融資枠を、瀬戸内造船の取締役村越隆美が采配利用していたもので、河上豊債務の融資金は、瀬戸内造船が、右船舶の建造等に使用するところであつた)を、河上豊をして弁済せしむべく、金一、三〇〇万円を出捐し、(原告個人としてか、山洋汽船株式会社代表者としてか分明でないが)河上豊より右銀行に弁済をなさしめ、右銀行も亦、河上豊よりの弁済として受領し、(右銀行は原告或は山洋汽船株式会社の第三者弁済として支払は受けていない)その間本件手形上の権利を同銀行から原告に譲渡、移転する意思も所為もなかつたことが認められる。(尚瀬戸内造船は、河上豊の債務金一、三〇〇万円の消滅を以て、前記船舶残代金が支払済となつたものとしていることも認められる)。

右認定を覆すに足る証拠はない。

四、(河上豊から原告への本件手形上の権利の譲渡の存否)

(1)、甲第一号証(本件手形)には、河上豊の、原告に対する裏書譲渡の記載は存しない。

(2)、河上豊から、原告へ本件手形上の権利が譲渡せられた旨の原告主張については、原告主張にそう証人南条哲夫(一、二回)、竹中敬三の証言は、証言自体も明確さ、具体さを欠き、動揺し、両証言の間にも不一致の点が存する上、右四、の(1)の事実、及び、≪証拠省略≫に比照するとき、証明力相減殺し、右比照証拠を排斥優越して、原告主張事実を認定するに足る心証を生ぜしめ得ない。

証人南条哲夫の各証言により真正に成立したと認められる甲第三号証も亦、同証言に徴し、右比照証拠を排斥優越するに足る証拠力を持たない。

更に、原告の右主張事実にそう、原告本人尋問の各結果は、証人竹中敬三の証言とも一致せず、前記比照証拠と証明力相減殺して、いまだ原告主張事実を認定するには足らない。

他に原告の右主張事実を認定するに足る証拠はなく、原告が、本件手形を所持するからといつて、叙上のごとき裏書記載と、叙上のごとき証拠関係を以てしては、到底原告の右主張事実を推認することすらできない。

五、以上の事実及び認定によれば、原告が本件手形上の権利を、愛媛相互銀行或は河上豊から承継取得したことを前提とする原告の本訴請求は、爾余の争点に対する判断をまたず失当であり棄却すべきものである。

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 後藤静思)

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